ゾーンディフェンス総論#1〜フットボール戦術史〜
守備にはマンツーマンディフェンスとゾーンディフェンスがあります。
みんながやっているのはゾーンディフェンスです。
今回はそのゾーンディフェンスのまとめです。(以下ZDとする)
その前に少しフットボールの戦術史を簡単に振り返ってみましょう。
中世〜1960年代半ばまではゆったりしたプレースピード。
ラインは間延びしてるし、バックパスはキャッチOKでした。
そんな中ヨハン・クライフが登場し
「トータルフットボール」を展開し始めます。
トータルフットボールとは11人全員でフットボールをすることです。
全員攻撃、全員守備ってやつです。
その後マラドーナが登場。
1人でなんでもできるプレイヤーが重宝されます。
いわゆるファンタジスタ。
このマラドーナを封じるべく現れたのがアリゴ・サッキという指導者です。
これ本人です。いたって真面目です。
ナポリ時代のマラドーナは誰にも止められないほどのスキルの持ち主で、ACミランを率いていたサッキも最初は苦労しますが、DFラインを高くコンパクトにし、マラドーナのプレーエリアを制限することでボールの出所を抑え、マラドーナを試合から消すことに成功します。
これがZDのきっかけとなります。
80年代の出来事です。
ではZDを今の形にしたのは誰なのか?
この男です。
モウリーニョ語録で一番好きなのは
「ピアノの名手は練習でピアノの周りを走ったりはしない。腕を磨くためにはピアノを弾く。同じく、サッカーの名手になるための最善の練習方法はサッカーをすることだ」
です。
モウリーニョのZDはどんなときもハードワークをします。
それが例え攻撃好きの選手であっても。
これを機にDFの構築に着手したチームが優位に立ち始めます。
その影響を受けファンタジスタは消えて行きました。
で、このZDを破壊したのが今を時めくこのお方
ジョゼップ・グアルディオラ(以下ペップ)です。
ペップの率いたバルセロナがモウリーニョ率いるレアルと何度も死闘を繰り広げていたことは記憶に新しいはずです。
ペップが現れたことでポゼッション時代に突入するのかと思いきや、そう簡単には事は進まず。
強豪がポゼッションで主導権を握り、中堅以下のチームがZDを採用する対立になりました。
それでも少しずつポゼッションは派生していきます。
ZDを起点に戦術史を振り返ってきました。
こう見てみると面白いですね。
さすがフットボールが文化にある地域といいますか。
次からは本題に移っていきます。